FC2ブログ

スポンサーサイト

 --, -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

亀裸男大学入学試験問題(その1)

 18, 2013 09:33





亀裸男大学入学試験問題(その1)


ふっと、私の思いついた言葉をツイッターで何気なくつぶやいた


「従軍慰安婦問題」「朝日新聞」「河野談話」「覆水盆に返らず」
「詫び寂び」「島国気質」を使って文章を完成させなさいという問題






それに対して、美空さん(@misora1003)がきっちりと回答というか論文様として
ご自身のブログ「美空至道」(http://misora1003.blog.fc2.com/)に掲載された



完璧なる高貴な文章と言い回し、それと資料や時間的経過も含めて載せられていた

勿論、ご自身の頭の中での整理という意味もあったかもしれませんが




合格発表の結果



特待生合格 入学料・授業料など全額免除








以下、美空さんのブログより(関係資料等は省略)

美空さんの模範解答を





~美しい日本の心と従軍慰安婦問題~



最近、いわゆる「河野談話」の見直しが話題になっている。民主党政権では、あり得なかった見直しが話題になるというのは、政権交代を象徴している。


では、そもそも「河野談話」とは何か。それを説明するためには、この談話を発表する原因となった「朝日新聞」の報道について言及せねばならない。


河野談話発表から遡ること4年、平成元年に吉田清治氏が従軍慰安婦問題の著書を韓国で翻訳出版し、平成3年に「朝日新聞」が吉田清治氏の慰安婦狩りの証言を写真入りで紹介した。そして、平成4年に「朝日新聞」一面トップで吉見義明中央大学教授の防衛研究所における資料発見を「慰安所、軍関与示す資料」「部隊に設置指示 募集含め統制・監督」と報じ、その解説欄において朝鮮人女性を慰安婦として強制連行されたと報道したことにより、日韓関係が大きくこじれることになった。


そして、これをうけ政府は、いわゆる「従軍慰安婦問題」について調査し、平成5年にその結果を発表した。その際の官房長官談話が「河野談話」である。その内容は、慰安婦及び慰安所設置について日本軍の関与を一定認め、謝罪したものである。そして、『慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。』とし、一見「朝日新聞」報道を追認したともとれる内容が余計にこの問題を複雑化させてしまった。


「河野談話」で注意すべき点は、慰安婦及び慰安所の存在について日本軍の関与を明確に認める一方、慰安婦の募集は業者が主として行ったということである。また、本人の意思に反して集められたケースがあり、それに官憲等が関わった場合もあったとしているが、組織的強制連行までは言及していない点である。


その後、端緒となった本の執筆者であり、朝日新聞で証言をした吉田清治氏が、創作であったことを平成8年の週刊新潮誌上で告白。また、平成4年の朝日新聞1面トップ記事で軍の関与を示す資料を発見したとする吉見義明教授は、平成9年「朝まで生テレビ」において「日本の植民地(朝鮮、台湾)については、強制連行を示す資料はない」と認めたが、もう既に手遅れ。このような告白や発言が大きく報じられることはなく、日本国内でも従軍慰安婦が存在したと思っている人がいる状況である。


加えて、平成19年には、安倍内閣において閣議決定文書で、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかったと、強制連行を裏付けるものはなかったと明確否定したが、まさに「覆水盆に返らず」、韓国日本大使館前に慰安婦像が設置されるなど、問題の収拾には至っていない。


さて、ここまで関係がこじれてしまった原因は、日本人独特の考え方が影響を及ぼしているように感じる。


日本には、負けるが勝ちという言葉や謙譲という言葉がある。
自らを下げ相手を上げることを美徳とする価値観である。


これは、日本独特の感性、侘び・寂びにも通じるものであろう。
落胆や失意の中に感じる、深い感情や情緒、味わいといったもの、それが“侘び”。
賑やかな様子や豊かなもの、美しいものが閑寂になり、枯れたときに見いだす深いおもむき、それが“寂び”。


いわゆる従軍慰安婦問題が日本以外の国で起こった場合、調査結果が組織的ではなく一部そのような場合もあったという内容であれば、“なかった”とするだろう。こんな馬鹿正直に言う国なんてない。ある意味世界標準からかけ離れている。だから“一部あった”ということは組織的で“あった”のだと誤解されてしまう。その後否定しても改まらない。


すぐに自らを下げ、詫びてしまう国民性。侘び・寂びではなく、「詫び寂び」とも言えるだろう。


このような日本人独特の感性、考え方が生まれたのは、日本の置かれた地勢的位置が影響しているように思う。


民俗学者、柳田国男氏が唱えたものに方言周圏論がある。方言などが文化的中心地から同心円状に分布する場合、外側にあるより古い形から内側にあるより新しい形へ順次変化したと推定するもので、つまり、言葉は文化の中心地から伝播し、一番外の円が一番古い方言を残しているという理論である。


この理論をベースに日本という国の位置を見たとき、面白いことが見えてくる。日本は、ユーラシア大陸の東端に位置し、その先は太平洋である。一方文化は、ローマや中国から日本へ伝わってきた。つまり、日本は一番古い文化を残しているということになる。


確かに、五弦の琵琶は、発祥の地インドや中国には現存せず、唯一正倉院にのみ現存する。また、切腹も中国で生まれたものであるけれど、日本にのみ残った。


司馬遼太郎をして、人間を純粋培養した究極の形と言わしめた武士が生まれ、
武士が自らの階級を無くす明治維新という革命を起こし、
革命が成功しても革命側が権力の座に座らなかったという世界でも希有な例を生んだ。


命よりも名誉を尊び、私心を捨て公に尽くす。
人として究極の美しい生き方を生んだ日本。


文化伝播の東の端に位置する島国、ここにおいては、日本固有の文化をベースに大陸から到来する新しい文化を日本に合うものだけを上手く取り入れ、そして昇華し、濃縮し、世界標準からは一線を画す“美しい心、美しいふるまい”が生まれたのである。


この美しい「島国気質」が誤解を生むことになってしまったのである。


“美しい心、美しいふるまい”に恐怖を覚える国々によって、これらは戦後破壊されつつあるが、まだ完全には破壊されていない。




従軍慰安婦問題をはじめ混迷を深める世界情勢の中で日本が歩んでいくためには、改めて日本の“美しい心、美しいふるまい”を見つめ直し、取り戻し、眼をしっかり見開いて世界を知ることである。


美しい日本の心は世界標準にする必要は全くない。


和魂洋才。古来、我が祖先がしてきたことと同じことをすればいいのである。


これを、建国記念の日に提出できたことを嬉しく思う。



(その2)に続く
関連記事
スポンサーサイト
[PR]

[PR]

WHAT'S NEW?

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。